roseus
週末の午後、ラウダとペトラは買い出しに出かけていた。
「洗剤はもう切れそうだから大きいサイズのを買っておきましょう」
「あと、コーヒーフィルターもな。それとトイレットペーパーも」
二人で買い物リストを確認しながら、スーパーの店内を回る。
「あ、ラウダ先輩、このクッキー美味しそう! 買っていい?」
ペトラが店頭の陳列を指差す。
「うん、ついでにポテトチップスも買おう」
「このグミも!」
お菓子コーナーで、二人はついつい会話が弾む。
会計を済ませ、袋を提げながら駐車場へ向かう二人。程よい疲れと、これから家で一緒に過ごせる時間への期待が、心地よい充足感を生んでいた。
車に乗り込み、ラウダがエンジンをかける。買い物を終えて、いい気分だ。
駐車場を出て、大通りに向かう途中のことだった。二人が乗った車はゆっくりと走行していた。
「ちょっと、ラウダ先輩! 今、すごいの見えました!」
ペトラの叫び声に、ラウダは慌てて車を停める。
「えっ、何? どこに?」
「あそこの草むらです! なんか妙な動きしてる……」
ペトラの指す方向を見ると、確かに道路脇の草が揺れている。何かいるのは間違いない。
「撮影しなきゃ!」
ペトラは一瞬でスマホを取り出すと、車から飛び降りる。
「ペトラ!?」
ラウダが止める間もなく、彼女は草むらに近づいていく。スマホを構えながら、慎重に一歩一歩距離を詰める。
「ほら、こっち向いて。そうそう、いいよ~」
まるでペットに話しかけるようなペトラの声が聞こえる。
「一体何なんだ……?」
ラウダも車を降りて、そっとペトラに近づく。草むらの中で、ピンク色の奇妙な生き物が、不可解な動きを見せている。
「わあ、すっごい……」
ペトラは終始カメラを向けたまま、その生物に釘付けだ。
全身はピンク色の毛に覆われ、頭には触覚のようなものが生えている。目は三つあり、それぞれが別々の方向を向いていた。手足はあるようだが、関節の位置が通常の生物とは明らかに異なっている。
くねくねと身体をよじり、何かに取り憑かれたように跳ねている。時折、口から長い舌を出しては、周囲を探るような仕草を見せた。
「ペトラ、危ないって」
ラウダは必死で制止の声をかける。あまりにグロテスクな姿に、全身に鳥肌が立つ。
しかしペトラは、ますます興味をそそられているようだ。
「大丈夫ですよ。ほら、怯えてるだけです。可哀そうに……」
撮影しながら、ペトラはさらにその生物に歩み寄る。
「お腹空いてない?」
ペトラは買ってきたクッキーを取り出し、生物に差し出した。
「ペトラ、やめろって! 危険すぎる!」
ラウダは本気で止めようとする。が、足が竦んで動けない。
一方、生物はペトラの差し出すクッキーを見つめるだけで、口をつけようとしない。
次の瞬間、生物の目の前を虫が横切った。すると、生物が長い舌をシュルルッと伸ばし、虫を見事にキャッチしたのだ。そのまま一呑みにする。
「わっ、すごい!」
ペトラは大喜びだが、ラウダは震えが止まらない。これ以上はまずいと、必死でペトラを呼ぶ。
「も、もう帰ろう! 十分だろ!」
ペトラは残念そうな顔をするが、ラウダの必死さに根負けし、渋々その場を立ち去る。
「じゃあバイバイ。ありがとうね」
生物に別れを告げると、ペトラはラウダと共に車へ戻った。
「あの子なんだったんでしょうね。あんな珍しい生き物に出会えるなんて、ラッキーだったなあ」
ペトラは興奮冷めやらぬ様子で話す。その間にも、先ほど撮影した動画をAIに取り込ませている。
「ねえ、ラウダ先輩。もしこれが新種だったら、どんな学名つける?」
AIによる解析結果を待つ間、ペトラが話を振る。
「まさか……」
「学名を考えるなら、あの子の特徴を取り入れないとね」
「特徴? 気持ち悪いこととか?」
ラウダは顔をしかめるが、ペトラは構わず続ける。
「ピンク色の体毛は、学名に"roseus"を入れるといいかも。ピンク色という意味のラテン語だから」
「ふーん……」
「それから、"trioculus"とか、"triophthalmus"とかどうかな。三つ目という意味になる」
「なるほど……あ、触覚もあったな。あれも気持ち悪かった」
「ああ、触覚! これは"tentaculatus"とか、"antennatus"とかがいいかも」
「次から次へと出てくるな……」
「あと、あの長い舌! "linguatus"や、"glossus"あたりを使えば、長い舌の特徴が表せるはず」
ペトラはすらすらと学名の案を出していく。
「組み合わせて……"Triophthalmus roseus"(トリオフタルムス・ロゼウス)とか、"Tentaculatus linguatus"(テンタクラートゥス・リングアートゥス)とか……あ、"Glossus antennatus"(グロッスス・アンテンナートゥス)なんてのもいいかも!」
「全部キモいな」
ラウダの率直な感想に、ペトラはむっとする。
そんな会話をしているうちに、AIからの返答が届く。
「あ、出ました! えっと……」
ペトラが結果を読み上げる。
「……一致する生物は見つかりませんでした。既知の生物とは異なる可能性があります……って」
「えっ? 本当に?」
ラウダも驚く。
「ということは……やっぱり新種の可能性が……」
二人の間を沈黙が包む。
「ま、まあ、AIが間違ってるだけかもしれないだろ」
「でも、でも……ああ、やっぱり戻って捕まえるべきだったかな……」
「バカ言うな! 絶対嫌だ!」
ペトラの熱に浮かされた提案に、ラウダは真っ青になって拒絶した。